お仕置き、お尻叩き、お説教、お尻ペン、お仕置き依頼
               お仕置きの部屋 ~お尻叩きの世界~

のあ   年齢:30代前半 お仕置き経験:有り 彼氏:有り パートナー:無し

2018年3月23日掲載
お仕置き感想提出人数:通算141人目


今回お願いしようと思ったのは、自殺をしかけて、結局死なない選択をしたんですが、そのあとどうせ死ぬなら、やりたいことを全部やろうかなって思ったからです。
やりたいことには、バックパッカーをするという目標もあるので、お仕置きして貰えたから死ぬとかはないです。

英語が全然出来ないので、勉強から頑張らないとで道のりは遠く良い時間稼ぎになるかなっと思います。
時間稼ぎしている内に気持ちも変わるだろうしこのままでは死んでしまいそうなので、一年くらいやめていた薬も再開し、京介さんと会った時は精神が安定していました。
(お仕置き欲もない状態)

今の自分はとても恵ま れていて、心底絶望することなんて出来な い状況なので、死のうとした時も、方法を考えて、これにしようと思った方法が、ほぼ確実に死ぬ方法で、それは嫌だなって思ってやめました。
2分の1の確率なら、やってしまったかもしれないです。
死ねなかったら、それを受け入れて頑張って生きよう
死ねたら、楽になれて良かったねって
自分の判断ではなく、運に任せてしまいたいと思ったからです。

私がお仕置き願望を持ったのは、母にお仕置きをされて育ったからだと思うのですが、小さい頃から、自分でも叩いていました。
恥ずかしいこと、人には知られたくないことという気持ちがあり、やめたい気持ちはありました。

ずっと、自分でお尻を叩くことがやめられなかったのが、特に何か努力したわけではないけれど、生活や精神が安定していたからか、しばらく全くお仕置き欲求がなく過ごせていて、このまま卒業できるのかもっと思っていたら、年末年始に精神不安定になったのをきっかけ(?)にまた自分で叩いてしまいました。

欲求が強くなるたびに、ネットでお仕置きして貰える相手を探してしまい、実際にやって貰うとどうなんだろう?って行くか、行かないか迷って、モヤモヤしていたので、それを無くならせる為に一度経験してしまおうと思って、京介さんに依頼しました。

京介さんと、会う前のメールでのやりとりは、途中で返信がなくなり、冷やかしだと思われたのかな?
忙しいのかな?やってる方針からずれた依頼者だからかな?っとか思っていました。
(実際は、会う日にちが書かれたメールだけ迷 惑メールフォルダに入っていました)

待ち合わせ場所に向かう時や、駅で待っている間は、痛すぎて逃げ出したくなる程だったらどうしようと少し恐かったですが、どんなだったとしても終われば大丈夫だろうと思っていました。

サイトだと、京介さんが、黒い(服装が)、恐いという感想が多いですが、服は黒かったけど、恐い見た目ではなかったです。
色んな年齢の人と話するのに慣れているので、恐く感じなかったのも、一般的な感覚と同じではないかもです。
私は、お父さんと元彼の影響で、男の人が嫌い、恐いっという気持ちがあって、似てたらどうしようっと心配していたのですが、恐くなかったから安心しました。

移動中も、部屋で話している時も、自分の辛かった事を話している事と、京介さんのかけてくれる言葉が私の気持ちを汲んで下さっていたので、何度も泣きそうでした。
少し緊張もしていたのですが、それもなくなり、落ち着けました。
この人に  叩かれるんだなぁっとか、この部屋で叩かれるのかって考えながら話してて、不思議な気持ちでした。

「超厳しめで良いんだっけ?」っと聞かれて、メールでは厳しめにしますっと言っていたので、言っていたことと違うと言いましたが、サイトの記載を確認して、「普通~超厳しめって書いてる」っと言われて、実際、超厳しめをして貰ったのかな?
あれが超厳しめなのか、自分の感覚がおかしくてよく分からないです。。。
お仕置きに懲りたいという気持ちがあったのですが。。。。

始めは膝の 上で叩かれていたのですが、痛くなくて、これじゃ罰にならないから困るっと思っていました。
でも段々厳しくなるだろうと思って叩かれていました。

膝から下ろされ、椅子(?)の上にお腹を 乗せてうつぶせで叩かれると、肌のぬくもりがなくなるので、少しだけ寂しく思いました。
色々道具を使って貰うのですが、痛くなく、罰にならないから困るっと内心思っていたのですが、自分から痛くして欲しいとお願いするのは、お仕置き的にはおかしいことなので、黙っていました。

あまり痛がらないからか、道具が変わるのが早かったように思いました。
痛くないから、頭の中は集中できてない感じでした。だからといって、全然関係ないことを考えていたわけでもなく、頭の中は静かでした。
びくっとしていたのは、叩かれてびっくりしただけで痛いとは違ったりします。。。

鞭も全然痛くないし、だんだん私は叩かれてもお仕置きにならないのではないか、ダメなのではないかっという考えが強くなりはじめました。
鞭の後にされたのは、ベルトで、普通にされると痛くないのですが、連続でされると痛かったり、足の付け根を叩かれると痛くて、やっと頭の中は痛みだけになり、集中(?)できました。

私は子供の頃に親に叩かれても全く反省しなかったのですが、叩かれて反省するのには向いてないのかもっと思いました。
「ごめんなさいが言えないの?」っとか、「返事も出来ないの?」って言われたけど、嘘の約束、嘘のごめんなさいをしたくなかったんです…。

そのあと痛くされて、ごめんなさいが出るのですが、痛くされないとごめんなさいできないかもです。
そしてそのごめんなさいは、はたして本当のごめんなさいなのか…って考えてしまいます。

「もうしないって約束できるか?」って聞かれて(言葉が違うかも)、「がんばります」って答えたら、「約束できないのか!」って道具でピシャリと叩かれて、キュンとしました。
「もうしません」って言わないと許して貰えないんですね 笑

お仕置き後のコーナータイムは、私には羞恥心が欠けているので、お仕置きを申し込む前から、よく分からないもの(私にとってお仕置きにならない)でしたが、やってみてもやっぱりよく分かりませんでした。

立たされている間は、お仕置きが、お仕置きにならなかったこと(痛くて懲り懲りとならず、喜びとして快楽を感じてしまった為)が悲しくて、しくしく泣いていました。
あと立たされる時間短いなって思いました。
(話が長くなったから時間がなかった?)

甘える時間いるかな?って思っていたのですが、お仕置き後にベッドに連れていかれ、スキンシップ大好きなので、甘えられた時間は心地良かったです。
あと、下半身裸を見られるより、泣いて鼻水が出てることの方が見られるのが恥ずかしかったです。

お仕置きさ れても反省する気持ちは湧かないし、痛みに喜びを感じてしまうし、終わった後は、その事実が悲しくて泣きそうで、京介さんと別れた後は、泣きながら帰りました

お仕置きの最中にごめんなさいの気持ちが強くなることはなかったですが、(自分の中で始めから悔いている、悪いことだという認識はあります)京介さんに提案して貰った方法を帰ってからも意識しているので、心に入っていないわけではないかなって思いました。

あと、初めて親以外からお仕置きされましたが、親からされたような痛くて嫌なだけのものではなく、うれしく思ってしまいました。
お仕置きの痛みが喜びになってしまっては罰にはならないので、それ以外で、されると嫌なことを考えて、自分を律するストッパ ーを頑張って探します

罰として本当に嫌なものを考えていて、刃物がだめっというのを思い出した時、一瞬これだ!って思いましたが、周りも傷つく方法だし、全然だめですね…。

私の悩んでいることは、自分を好きになることで解決する可能性があると思っているので、京介さんのところに行く前から、自己啓発本(?)を読んだりしていて、努力中です

私は完璧主義者なのですが、今読んでる本では"マイナス"の完璧主義者という表現をしていて、自分の中で理想があって、それを完璧に満たさないと、自分はだめだと否定してしまう
完璧にできそうにない状況になると、それが嫌だから全くやらずに放棄してしまう
0か100かの考え
私の場合は、他人に関心がないので、他者からの評価ではなく、批判的な自分からの評価が気になるタイプで、マイナスの完璧主義者は不安が原動力で、つねに不安を抱えているので、消耗していて

解決策としては、出来ないことではなく、出来たことを見るようにすること
0か100で見るのをやめて、やらないより"まし"と考えて少しでもやってみる、を今は頑張ってみます
あと、勉強を全然してこなかったので、自尊心を持つ為に、英語の勉強、免許取得、大学に入る等、やっていこうとも思っています。

帰り道歩くと痛いし、座ると痛いけど、私にとっては心地良かったです。
二日目の今の方が、当日終わった後より痛いかなって思いますが、それでも、そんなに痛くはないです。
(もっと   痛くなりたくて、自分でさらに叩いてしまいました)

おもいっきり痛い!って叫んだり、呼吸が早くなったりして、体力的に疲れたからか、私の安全装置が働いたのか、帰ってから、感情がない感じでした。
(元々感情は薄いけど、自分がいない感じ)

あと、京介さんが無宗教で良かったです。
親にお仕置きをされていたのは某宗教の関係なのですが、他の宗教は間違っているという考えなので、もし何か宗教的な話をされると恐いし、抵抗があります。
某宗教の教えは良いところもあるので、反対派でなかったのも有り難かったです。

私の場合は、お仕置きにならず、喜んでしまうだけみたいなので、パートナーに悪いので、今後はお仕置きはやめようかと思います。
でもカウンセリングには行くかもしれないです。

あと、この感想を書くときに、サイトに載せる事を前提で書くと書き辛かったので、気にせず書いてメールしたら、載せて大丈夫か心配してくれました。
そのことで、京介さんは、Sではなく、ご自分で言われているようにお父さん的な愛を向けてくれているんだなって思いました。






京介コメント

のあさんは小学6年生までお母さんにお仕置きをされて育ったそうです。
そのお仕置きは宗教の絡みもあり、頻繁にベルトで生尻を叩かれていたとのことでした。

そしてのあさんは自分自身でもお尻叩きをすることがあったそうで、それはバレていない自分の悪事に対する罰で、自分を苦しめるために小さい頃から自分へのお仕置きをこれまでしてきたそうです。

キーさんと少し違うところはお仕置きに憧れを持つという事ではないという部分です。
お仕置きは自分を罰するもので、憧れの対象ではなく、どちらかというと、悪い事の罰としてふさわしい、凄く嫌な事であり、それは自傷行為に近い感覚だという事でした。

ところが小さい頃からベルトで叩かれ、自分でも叩いていた影響か、お尻を叩かれる痛みに嬉しさと快楽を感じるようになってしまい、そういう意味でのお仕置き欲が膨らみ、罰されることと快楽の矛盾の中で悩み、そこから抜け出したいと思って、お仕置きを依頼しようと決意したそうです。

それは快楽の追求というわけではなく、気持ちいい感覚を超えるような、死ぬほどの痛みを感じることでお仕置きへの思いを断ち切りたいという切なる思いからでした。
子供の頃に母親から受けたお仕置きのような腹立たしい気持ちになれれば、もうお仕置きは懲り懲りと感じ、この思いを吹っ切れると考えたとのことでした。

なお、今回の反省内容は浮気と、近い関係の人にイラッとするとどうしても感情的になってしまうことでした。
浮気に関してはそのころ自殺願望があり、それを防ごうとして浮気を自傷行為的と捉えて、見知らぬ相手と関係を持ってしまったとのこと。
これらのことについてお説教をし、お仕置きとなりました。

今回は「お任せ」を選択していたのと、小さい頃からのお仕置き経験、自分自身でのお仕置き経験もあり、反省内容も重たいことだったので、超厳しめにすることにしました。

初めは正座の状態から立たせ、膝の上に乗せ、ズボンを下ろし、ストッキングの上から平手で叩きました。
最初に「ビクッ」としたので、痛いんだなと私は思ったのですが、感想を読んでみるとそうではないようでしたね(汗)

その後、ストッキングを下ろしての平手でのお尻ペン、更にパンツを下ろして平手で強めに叩きました。
時折声が漏れるのと、お尻の皮膚がすぐに赤くなってきたので、私自身は結構痛いんだろうなと思っていたのですが、感想ではそうでもないようで^^;

その後、丸椅子の上に腹ばいにさせ、竹の物差し、プラスチックの定規、木ブラシ、小型の警策、木製パドルを使い、お尻の具合を見ながら加減をして叩いていきました。
しかし道具を使用してからというもの、うんともすんとも言わなくなり、体も微動だにしなくなってきました(汗)

次に場所を移動し、ベッドに両手をつかせてケインでお尻を叩きます。
強めに叩いているにもかかわらず、またまた声も出さずに手も出さずにお仕置きを受け続けるのあさん・・・。
私の場合、血が出る迄のお仕置きはしていないのですが、傷はついていないものの、血が滲んでくる手前くらいまでなってきたので、棒類でもあるケインはダメージが強いので断念しました^^;

そして、血は出ずに痛みが鋭いとされる鞭を用意しました。
ベッドにうつ伏せにさせた状態で、鞭を振り下ろします。
ところが、微動だにせず、声も一言も上げずに平然とあの痛いとされる鞭を受けています^^;
感想を見てみると「全然痛くない」と・・・・^^;
そんな子は初めてです…。

鞭で反応がないので、今度は最終兵器であるベルトを用意。
まずは細めのベルトで叩き始め、しばらくして連打をするとやっと「痛い、痛い」と声を出し、うめき声も出してきました。
また、力を入れて振り下ろすと、これも痛いようで、声をあげてきます。

その後、もう一本の一番痛いと評判の太めのベルトを使い、振り下ろすと、かなりの痛がりようでした。
そのまま強く連打を繰り返すと、今まで声が出なかったのが嘘のように叫び声のような大きい声で痛がってきました。

「ごめんなさいを言いなさい」といっても言わないので、思いっきりベルトの連打をするとようやくごめんなさいを言います。
お尻はもうひどい状態で、パンパンに腫れあがり、私もさすがにこれは相当痛いだろうと思っていたのですが、感想で はそうでもなさそうで…。

十分にベルトでのお仕置きをしたので、最後は膝の上に乗せて100回を宣言し力を入れて叩きました。
しかしのあさんに平手は効かないようでしたね^^;
最後ごめんなさいが言えなかったので、何発か追加をして、その後お仕置きを終了としました。


しかし痛みや厳しさの判断は難しいです^^;
それでも確実に超厳しめのお仕置きだったんですけどね、手応えもあったのですが、今考えるとのあさんはお仕置きを終わった後もケロッとしていました(汗)

のあさんは結局、限界を超えるお仕置きを受けることで罰を受け、そしてもうお仕置きは懲り懲りになりたいという気持ちで私のところに来たのですが、そうはならずお仕置きの痛みで喜びを感じてしまう という結果になり、それがとても悲しくて泣いてしまったようです。

お仕置きによって、嬉しさや快楽を感じていてはこれは罰ではない、単なるご褒美になってしまう。
それはそれで気持ちの捉え方の問題なので有りは有りですけど、のあさんに限ってはその事実がとても嫌だったそうです。
そうであるなら他の嫌な事を探すしかないとお仕置きとは違う方向に考えがいってしまいそうでした。

しかし、幼少期のとてつもない虐待のようなお仕置きの痛みから逃れるために、苦痛から快楽に変えてしまうということはよくあるケースでもあるんですね。
そこまでなってしまった幼少期の精神状態は壮絶なはずだし、そうしないと生きてこれなかったのは事実です。

しかしそれが原因で お仕置きを求めてしまうというのはなんとも言いようがありませんね、そこがキーさんといわれる子達と少し違うところでもありますし、どちらかというとSM的な精神状態ともいえるでしょうね。

殆どのキーさんはお仕置きは痛いし嫌なものと認識はしていても、お仕置きは愛情表現の一つであり、ある意味嬉しいことには間違いありませんし、お仕置きを求めているのはキーさんとしては当然のことです。

でもそういう次元ではなくて、その直接的な痛み自体に快楽や嬉しさがあったらそれはそれでキーさん的なお仕置きを望んでいる子はとっても悩むところでしょうね。








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