お仕置き、お尻叩き、お説教、お尻ペン、お仕置き依頼
               
お仕置きの部屋 ~お尻叩きの世界

        お仕置きの欲求と性的欲求の違い


キーさんの多くはお仕置き欲を「性欲や性癖」だと思って悩んでいる人が多いというか、まぁ全員が一度は悩むところなんですが、そこが自分はおかしいんじゃないか変じゃないかと思う部分でもあるんですね。
このブログではSM的なお仕置きとスパ的なお仕置きの違いや意識の違いをお話ししていますが、今回のお話はそれに関連しています。

広い意味でいうと性癖とは偏った性質のことでいわゆるフェチというのは全て性癖です。
また、食欲や排便、恋愛感情も快楽を多少なりとも感じているのならそれは性欲の一種と考えられています。
そして性欲という広い範囲の中でもその解釈では大きく分けて二つに分類され、それが「性的な欲求」と「性的ではない欲求」です。

で、私たちが一般的に認識されている性欲や性癖というのはいわゆる「エッチなこと、エロいこと」です(本当の解釈は違いますが)
それではディシプリン派の性的でないお仕置きは一般的に認識されている性欲や性癖でしょうか?
答えはNOです。
ディシプリン派のお仕置きというものはエッチやエロい要素はありませんよね、だから性的な欲求ではなく単なる”欲求”なんです、これははっきりと区分けができるんですね。
まぁ親から子へのお仕置きを考えてみればわかるとおり、性的要素なんて微塵も存在しないんですよね。

それではなんでキーさんは悩むのか。
それはお仕置き欲が収まらないという気持ちの他に、お仕置きを考えたり、小説や画像を見て妄想したりすると興奮してしまう、更にはそれが自慰行為につながることもあることに大きな要因であるからです。
興奮して濡れるということや自慰行為は一般的には=性欲→エッチな事、エロいことという解釈になるので自分を見失うわけですね。

キーさんたちは興奮して濡れてしまうことについて、感じちゃっているわけだからディシプリン派のキーではないのかもしれないと考えてしまいます。
そして性的な事は嫌なはずなのに濡れてしまうことで、私はMなんだろうか、変態なんだろうかと一人悩んでしまうんですね。
でも実際のお仕置きでは意識をしない限り性的な興奮をすることはありませんし、もしそれで被虐感に浸って興奮していたとしたらM要素が強いということになります。

ただ、お仕置きを受けている時に興奮もしていないのに濡れてしまうのは脳内ホルモンの分泌の影響で、それは脳の錯覚によるものです。
よって直接的な性的快楽によって濡れているわけではないのでそこは安心してほしいと思います。
真剣にお説教をされている時は叱られているのですから余裕はなく、厳しくお尻を叩かれている時は痛すぎて余計な事を考えることはできないものです。
ただ余裕がある時に意識的に小説のような妄想を重ね合わせたら興奮するでしょうけどね。

濡れる要因としては”背徳感”からくることもあります。
例えば人が痛めつけられ追い詰められていくという類の小説(お仕置きや暴力的なもの)のようなものを見たり、人に対して痛めつけるようなことをしてしまったりした時に、性的興奮をしているわけじゃないのに濡れることもあるんですね。
濡れたことに対して自分はSだ、Mだ、変だ、と考えてしまうのですが、これは背徳的なものであるタブーを犯した事によって起こる性衝動で、これ自体は単なるありがちな身体の反応ですし、心理的興奮をしていないのであればこれは自然現象でもあるんですね。
でもこの感覚が癖になっていくと意識して興奮するようになり、これが自分の中でドキドキして満たされる要素となっていくわけです。

それとは別に、濡れる要因としては「愛情を感じながらお仕置き欲が満たされている」という感覚とともに、お尻を丸出しにされるという現状に恥ずかしさを感じ、満たされ感と羞恥心が混ざりあって余計にドキドキしてしまい、それが性欲中枢が刺激してしまうんですね。
これがまた背徳感と結びついてしまうので、濡れてしまう現象は抗えないことでもあると思います。
濡れてしまう事については過去に記事を書いていますから気になる方はこちらを参照してください。

ちなみにお仕置きを考えて自慰行為をしたとしても、頭の中では性的なことは考えていないんですから、この行為で悩む必要なんてなく、なんら気にすることはありません。
お仕置き欲求は愛情を求める通常の欲求であり、もともとは性的快楽のための欲求ではないことは自分自身がよく把握しているはずです、それを濡れたという曖昧なことで判断してはいけません。
もちろんその境界は難しいところもありますが、実際にお仕置きを受ける時に、快楽で性欲を満たしたいとは思っていないはずです。
そうではなく、根本は愛情を求めているのであって、その手段が一番ドキドキするお尻ペンペンであり、お仕置の一連の流れなはずです。

妄想している時や小説を読む時は自分の世界に入って興奮はしますが、実際のお仕置きの時はそういう感覚ではありません。
ただ、実際のお仕置きの時に思い描いていたものが実際に起きているという困惑と背徳感、それに加えて小説や妄想のシーンが頭によぎるとドキドキ感が増して興奮してしまうことはあるでしょう。

そもそも人間の脳はいい加減です、錯覚も勘違いもすぐに起こします、そして脳内ホルモンは同じ物質が量や種類を変えて分泌するだけなので似たような現象で体が反応してしまう事も普通にあるんですね。
今まで幼少期から思い描いていたドキドキするお尻ペンペン。
その後お仕置き小説などを見たり妄想したりすると更にドキドキして興奮したり背徳感を感じたりして、知らないうちに濡れるようになってしまう。

それが脳内にインプットされてそういう回路が出来上がってしまうと、お説教だけで錯覚して濡れたり、お仕置されても当然錯覚します。
ましてや実際に人と会ってお仕置きをするとなると、お尻を丸出しにして叩かれるという秘め事のようなものなので、妄想時とは違う種類の背徳感がでてきます。

こういうことからも濡れてしまうのは、心理的には興奮はしていなくても脳が”お仕置き”ということで妄想部分と紐づけることによっておこる現象で、単なる脳の錯覚でしかないでしょう。
こういったいい加減な脳の制御下で起こる体の反応よりも、自分の純粋な心を信じたほうがいいですし、その方が確実です。

こういう話はブログで書くよりも、直接話したほうが分かりやすいんですけどね、話せば簡単です。
ちなみに私のこの見解は様々な実験や研究などの文献を参考にしているので単なる推測とは違いますからね^^;



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