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お仕置きの部屋 ~お尻叩きの世界

         惹きつけられる背徳感とは



お仕置きに求めるものは一つずつさかのぼっていくと、そこには愛情という温かいものがありますよね。
抱擁感を感じたり、温もりに包まれたいと思ったり、そして自分を見てもらえて、認めてもらえているということで、人間が誰しも持つ承認欲求というものが満たされるのがお仕置きの一連の流れであり魅力です。

これは、”なんでお仕置きを求めているかわからない”という多くのキーさんの話を突き詰めていくと全てが愛情にたどり着くからなんですね。
なので、今の段階でなんでかわからない、自分は変だと思っている人たちは、その途中のプロセスは分からなくても、愛情を求めているということは間違いのない心の欲求なので、そこはそういうもんだと認識してください。
決して変ではありませんからそこは安心していいと私は思います。

それで、お仕置きに求めているものは分かっても、お仕置きに惹きつけられる理由っていうのがよく分からないものですよね。
惹きつけられるものは愛情だということは分かっても、そこでなんでお仕置きなのか、お仕置き以外ではどうして満たされないのか、普通に考えたらこんな事思うのも変だし、できたら考えることもやめたいと思うでしょう。

他のことで満たされたい、でもお仕置きを考えているときが一番満たされる、、、お仕置きされたい・・・。
そういう欲求は我慢すればするほど溜まっていって、パンクしそうになってしまうんですよね。
このやめたくてもやめられないという心理には愛情がほしいということがあるのですが、その他にも”背徳感”という厄介な魔力が関係していることがあるんです。

背徳感というものは心理的に、隠されているから、隠したいものだから、余計その存在に強く欲情してしまうものなんですね。
簡単な例をあげると、私たちの生活の中で裸を見ると欲情したりドキッとしたりしますが、これが裸族の人たちであれば欲情することはありませんよね。

それは何故かというと我々は衣服を着て、胸や性器は見せてはいけないものとして隠しているからなんですね。
隠しているからそれは見てはいけないんですが、それを見たいと思うことは背徳的なことですよね。
なので、隠されていることに興味を持つこと自体が背徳感の一つで、それによって欲情し、見たいという欲求につながり、それを求めてしまうものなんですね。

おそらく人間が誕生したころの大昔、性行為や排泄行為は無防備で外敵から襲われる危険性があるので、必然的に隠れてするようになりますよね。
そうして隠していくうちにその行為に羞恥心を感じるようなったのでしょう。
人間の欲求はそれが隠されているからこそ、そして手に入りにくいからこそ感じるものです。
それがさらに背徳感により、高揚感が高まるものなんですね。

結局そうした背徳感や罪悪感が快感を生むわけですから、そうなると「私はいけないこと考えてる、私は変だ」という意識を持ってしまい、それは真面目な人ほど強く思い悩んでしまう事なんですね。

心理学的に人は自由を制限されると自由を回復しようとすると言われています。
「~しては駄目です」と言われると、やりたくなってしまう心理が働くものです。
なので人は禁止されればされるほど、それに対して興味が湧いてしまうという本能的なものを持っているんですね。

いろいろな例がありますが、それがお仕置きであったり、SМであったり、一人エッチであったり、痴漢であったりと様々ですが、痴漢なんていうのは捕まったら地位も名誉も職も奪われる大変な犯罪なのに背徳的な性癖により、理性を止めることができないわけですよね。
誰しもやめなければならない、捕まったらおしまいだと理解していながらも理性を抑えられないって怖いことですよね^^;

不倫、浮気、禁断の恋であったりすれば、絶対にしないと断言している人でも惚れてしまえばそれはいけないことと分かりつつも、より興味がわき、周りから反対されればされるほど、想いが強くなってしまうこともありますよね。

お仕置きの欲望も同じようなもので、タブーを犯しているという事実でより惹きつけられ、欲求に繋がっていくことがあります。
お仕置きをされることは悪いことをしたからです、それなのにそこに何かしらキュンとするものを感じてしまい(それが愛情だと気づかずに)惹きつけられてしまう。
惹きつけられた時点で背徳感を感じますよね、いけないことだ、こんなこと思ったらいけないと。

幼い頃に見てはいけないと思ってしまうようなものを見てしまうとそれが性癖のきっかけになること多々があります。
(性癖とは性的な嗜好ではなくその人の偏った性質という意味です。性癖とはを参照してください)

だからこそ、幼少時や子供のころに目撃したアニメのお仕置きシーンや、他人が叱られたりお仕置きされたりしたのを目撃したのをきっかけに、お仕置きを忘れることができなくなる人、その虜になる人が多いんだと思います。
それが愛情の裏に潜む”背徳感”の魔力であり、何故だかお仕置きに惹きつけられてしまう、お仕置きという言葉にキュンっと反応してしまう理由の一つなのだと思います。

背徳感が興奮を倍増させるというのは、いけないことをしている自分に酔いしれている部分がある人もいて、そこでもまた高揚感を引き出すことになります。
満たされようと欲情し興奮してしまうポイントは、いけないことを考えている、いけないことをしてしまっているということもありますよね。
背徳感はそれが性的でなくても興奮するし、もちろん性的にも興奮するし、人間の快楽物質の分泌を促す脳内麻薬を活発にする作用が潜んでいるんです。
これは人間の先天的な本能ですから気にすることはありません、そういうことに魅力を感じることは変ではありません。
ただ、愛情を満たされる先がお仕置きというだけで、そこにエロい性的なお仕置きが混在していなければエッチなことではないのは間違いないんですよ^^

お仕置きは子供を罰するときによく使うのですが、その対象が大人になっただけの話です。
子供へのお仕置きはエッチな行為ではなくて、それと同じことを大人にしたらエッチな行為ということは絶対にありませんからね^^
そう考えている人の方がエロいし、変で偏った、固定観念に囚われた考え方だと私は思いますよ^^






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