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お仕置きの部屋 ~お尻叩きの世界

                  愛とお金の両立


愛情かお金かって永遠のテーマみたいになっていますけど実際問題はどうなのでしょうかね^^

私の経験上、お金持ちの人は愛情を欲しており、貧乏人はお金を欲している人が多いように感じます。
ただ、貧乏人でもお金より愛情だって頑なな人がいますよね、とても素敵です。
結論から言うと最低限生活できるお金と愛情があるのが一番かなって思います。
まわりと比較してしまうから貧乏人の枠があるのであって、本来は生活できさえすればいいわけですよね。
ただ、飢餓に苦しむほどの貧乏ではさすがにお金となってしまいそうですけど。

昔はぜいたく品といわれていた物が今では生活必需品となっていたりします。
まわりがみんな持っていればそれは必需品と化してしまうんですね。
携帯電話、テレビ、クーラーなんかもそうですが、それは固定電話、ラジオ、扇風機でも代用できます。
クーラーだって3,40年も前だったら家庭ではあまり普及していなかったですからね。
それでも熱中症になる人が少なかったのはクーラーがなかったため体が自然に体温調節が出来ていたからなんでしょう。
人間には寒さや暑さに体操する調節機能が備わっていてあまりにも年中同じ気温で過ごしてしまうとその機能が働かなくなってしまい風邪をひきやすくなったり免疫力が弱くなったりしてしまうこともおこるんです。
また、今では子供同士ではゲーム機が必需品となっていますよね(汗)

物価も2,30年前から比べてそんなには上がっているわけではないと思うんですけど、給料は上がっているんです。
いつもバブル期の給料を比較しちゃいますが、あれは異常事態であって普通の給料はいくらなのかはよくわかりませんし、いまが正常なのかもしれません。
テレビや冷蔵庫、クーラー、コンポなどの電化製品は2,30年前から比べるとかなり昔より安くなっていますよね。
それに今は100円均一でなんでも買える時代なのでそういう意味では2,30年前から比べて物価は下がっているような気もします。
上がっているのは土地と家賃くらいで生活必需品は同等かそれ以下になっているような気がします。
給料が上がっているのに(バブル時代からは下がっていますがもっと前に比べてです)物価はさほど変わらない。
でもみんな生活が苦しいと悲鳴を上げています。
でもこうやって過去を振り返ると今は過去よりたくさんの贅沢品がないと生活できなくなってきて、それで悲鳴を上げているに過ぎないと感じます。
ま、それが時代と言われればそれでおしまいなんですけどね。

私は貧乏の中でないと幸せを感じることは難しいと思っていて、そういう意味で贅沢をさせない政治というのは必要だったなって感じます。
なのであの幸せの王国「ブータン」が話題になったときに私は”これだ”と感動してしまいました。
贅沢の中では幸せはあまり感じませんが、同じことでも貧乏の中では幸せに感じることがたくさんあるんですよね。
幸せに感じることがあれば心も満たされ心が豊かになれるんです。
それが人間にとって一番大切というか必要なことだと私は思います。
これはお仕置きにも通じるところがあって、やっぱりお仕置きの後は心が満たされて幸せな気持ちになれるんです。

話がそれてしまいましたね。
何が言いたいかというといくらお金があっても心が満たされない限り幸せにはなれないし愛情がない限り幸せにはなれないと思うんです。
お金があれば不自由なく暮らすことはできますが、それは肉体的な幸せであって精神的な幸せではないと感じます。
お金があって愛があれば申し分ないように思えますが、それがなかなかうまくいくものでもないんですね。
金持ちには金持ちなりの悩みもあるんです。

貧乏人ってお金がない分、好きな人とはお金で一緒になったわけでもなく愛情があるから一緒になるんですよね。
お金以外の性格や人柄やいろいろな面の人間性を好きになるから一緒になるんです。
これは友達でも親友でもそうですが、お金が無くても付き合えるってことは人間性が好きだからなんですよね。

でも金持ちって”お金”が介入することによって大事なものが見えてこないんですね。
金持ちで性格の悪い人って結構いますがそれでもそういう人には友達が多いんです。
普通は友達なんてできませんよね、だからこれは金の力の友達なんです。
で、可哀想なことはその金持ちの一部は自分の人間性が好きでみんなが群がっていると勘違いしていることです。

私はそれに群がる人になるのは魂を売るような感じがして絶対にしたくありません。
だからいくら大金を積まれようが私は買われることはないです。
まぁ私なんて買う価値はありませんけどね(笑)

だから私はお金持ちでもその人の人間性だけを見てお付き合いをするし、お金持ちだという面はプラスではなくてマイナス要素としてその人を見てしまいます。
それでも性格のいい人、心の優しい人はいるものです。
そういう人とは仲良くしますが、知れば知るほど不幸な人だなって余計可哀想に思えてしまいます。
相手を信用して、それが友情や愛情だと錯覚して結局は騙されてしまうみたいなことがしょっちゅう起こります。
そういう面でお金持ちの人は「所詮私の価値はお金でしかないんだ」と悩んでしまうんです。
これが一生続くし答えが出ないものだからこそ精神的には苦しいし完全に幸せな気持ちになれることはないんじゃないかぁって心配な面でもあります。

金の力があると、他人から見て自分は人間としての自分を好きなってくれたのか、お金を持っている自分が好きなのかが分からなくなるんです。
そういう意味では不幸な人だと私は思います。
相手は口が裂けても「あなたのお金に魅力があるんですよ」なんていえませんからね(笑)
一緒にいる人が心でどう思っているのかは感覚でしか分からず一生疑念を抱いて死んでいくのかもしれませんね。
その点貧乏人はそういう心配はありませんから、変な話、そういった意味では私は幸せだなって感じます。
だから私は金持ちにはなりたくないですね。

これに似たようなもので、芸能人や有名人も金持ちと同じで一緒にいることがステータスだったりと、人間性でなくほかの部分に惹かれているという面では可哀想に思います。
持ち上げられて我侭が通ってしまう世界なので性格が悪い人も多いしそれを叱る人もいなければ、たくさん人が集まってくるので錯覚してしまうんでしょう。
ちやほやされていると何が大切で何が必要かって言うところが見えてこなくなってしまいます。
天狗になるといいますが、そういう生活を送っていると感覚が麻痺してしまって普通には戻りにくくなってしまうものです。
それでいいと思う人も、もし自分の地位や名声が崩れたら後には何も残りません。
所詮その人の魅力で集まったわけではなく金やステータスで集まっただけなので陰りが見えたら誰も残ってくれません。
ただ、そこで残ってくれた人こそ人生で大切で必要な人なんです。

まぁそんな人でも私のところにくれば悪いところやダメなこところはしっかりと指摘して真剣に愛情を持ってお説教してお仕置きしてあげますけどね(笑)
私を必要としてくれて聞く耳を持って前向きであるならばそういう子は私は大好きですしいつまでも見守っていてあげます。
ちゃんと秘密厳守しますし、個人情報はしっかりと守るので本当の人間性を見てもらいたい人はどうぞ^^


話を戻します^^:
結局今の時代ってお金お金ですよね。
でもお金で愛情や友情は買うことはできません。
買うことができてもそれは偽物の愛ですから心は満たされません。
お金で幸せに感じる人はお金を愛しているのでしょう。
人とのコミュニケーションがなくても幸せと感じるならばそれもいいでしょう。
少くても私の考えは、人間は他人がいるから生きているのであって生まれた意味があるのだと思っています。
だから私は四六時中仕事をして金儲けするのではなく仕事は最低限にしてできるだけ人とのつながりを持つ時間を大切にしています。

ここで言いたかったのは貧乏人の苦労もあるけども金持ちもそれなりの苦労はあるってことです。
金持ちの家庭や有名人の家庭に生まれた人ってそれをどうすることもできませんからね。
貧乏な家庭に生まれた人は金持ちの家庭が良かったと思うし、金持ちも愛情や友情といった面では金持ちの家庭に生まれたことを悔やむこともあるでしょう。
結局人間はないものねだりなんでしょうけども、やっぱり一番は愛情のはずです。
それが言いたかっただけなんですが、だらだらと長くなってしまいました。

お金は持ちすぎると心の弊害がでてきます、根本は愛情や幸せが人間の心には必要ですからね。
最低限生活できるお金が保障されていると安心なんですけどね、なかなか難しい問題です。
最低限のお金と、幸せに満たされるように生きていければ心は安定してくるはずだと思います。

こういう悩みは貧乏な人や生活に苦しい人たちにも理解しておいてほしいと私は思います。
決して金を持っていれば無条件に幸せということではないということを。
だから今の幸せを大切にする、当たり前のことは当たり前ではなく、感謝の気持ちを持てるようにする。
それが幸せになり、心が豊かになることの第一歩となることにつながることは間違いないですから^^

今日から気持を切り替えて、意識を変えて生活してみましょう。





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