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お仕置きの部屋 ~お尻叩きの世界

                   お仕置き観 補足


前記事 「お仕置き観 3(完)」 で、私のお仕置き観として、活動の目的は「キーからの卒業」であるということを書きました。
少し反響があったのでその補足です。

普段、私の元には、お仕置き依頼とか、相談事とかのメールがほぼ全てを占めているのですが、この記事を書いた直後からこのブログ記事に関して、何人もの人からメールを頂きました。
私側ではなく、キーさん側から、「キーの卒業」についての共感メールを頂いたことに対してとても嬉しく思いました。
それは、私自身の想いだとはいえ、これが一方通行の想いであればそれは私のしていきたいこととは違ってくるからです。

やっぱりキーさんであれ、同じような性格や環境にいる人でもあれ、なんとか今の自分から脱却しなきゃいけないんだという気持ちは強くあり、前を向こうと”もがく”姿勢があるんだなって、声に出さなくても前を向きたいって思っているんだなって感じました。
でもこのように思うのは一部の人であって、まだまだお仕置きを楽しみたい、ずっと必要としていたいという人は存在していてそれはそれで私はいいと思います。
将来にわたってもキーから抜け出す必要がないと思っているのならそれが正解だからです。

人によっての価値観は違います、私が言いたかったことは「きっと苦しむんじゃないのかな」ということであって、実際は苦しむ人もいるし、それで人生を謳歌できる人もいるはずです。
だからお仕置きの世界に身を置く、もしくはSMの世界に身を置く、そう決めたのであれば、それはそれで最高の人生の選択だとも思います。
その価値は人それぞれだからです、そういう選択をしっかりできていることが人生において必要だからです。

それに関連して皆さんが不安に思っていることや勇気がないことで吐き出せないという人たちの為にもう一つ私のお仕置き観をお話ししたいと思います。
これもパートナー的な人にはいつも言っていることだし、不安に思って私に聞いてくる人や、それが不安で本心を言えないという人には必ず伝えることです。

まぁブログにも書いたことはありますが、
私はどんなことを打ち明けられても絶対に「引いてしまうことはない」ということです。そしてそれは断言できます。

実際カーさんに引かれたのがトラウマになっているとかいう話は結構聞きます。
私のところに来る人は、パートナーがいる人やパートナーでなくても定期的に会っているカーさんがいる人なども来ます。
そんな人達は、好奇心の追求という人もいますが、だいたいは「お付き合いのあるカーさんには言えないから」という理由が多いのです。

私は「なんで言えないの?それを言うためにパートナーを探したんじゃないの?」
と聞きますが、やはりその人との空気感というのも一つの理由だし、初めに隠してしまって今更言えないというのもあるし、これだけの重い話は絶対に引かれるから言えないということもあり、また、どんどん成長しなきゃいけないのに成長していない自分を見せたくないという理由もあるようです。

確かにそういうことは普通にあることで、相手を好きになればなるほど、信頼関係が強ければ強いほど自分のダメなところが言いにくくなります。
私も実際にそうさせないように意識的にしているのですが、それは相手の感覚なので私にはコントロールしきれません。
で、なぜか私にはそういったことを話してくれて、それはそれで私の満たされることの一つなんです。

私が絶対に引かないと言い切れるのは私にとっての価値観として、相手が言いにくければ言いにくいほど私は嬉しいんですね。
人が真剣に悩んでいることに対して、嬉しいと言うと語弊があるのですが、要は人に言えないほどのことを、”私にだけは”お話ししてくれるという信頼がそこにあるからです。
だから私の場合、その内容が重ければ重いほどその人に興味を抱いてしまうのです。

嘘の告白も同じです、普通嘘をついて後からばれたら怒るのでしょうが、私の場合、後からばれたとしても、その嘘の告白が言いにくければ言いにくいほど、私が傷つくことよりも相手の勇気の方が断然レベルが上であると思ってしまうんです。
「よく言えたな、普通は言えないことだぞ」と
「嘘を思わずついちゃうことは誰でもある、だけどそのあとが大事、後になってもいいから私には必ず正直に言うんだぞ」というような感じのことをいつもいっています。
そして「そういう関係でないと私の存在理由がないのだから」とも言って聞かせます。

そう、嘘がある時点で私は必要がない存在へと落ちてしまうんです。
それはなんでかというと、相手の心の負担を少なくするために私がいるのであって、嘘というストレスによって、より心が重くなるのであれば、私は存在しない方がその子の為だからです。
つまり、その存在は私でなくてもいいということになってしまうんですね。
だから何のために私のところに来るか、というのはそういう時にこそ考えさせています。

例えば、例えばの話ですが、
「殺人を犯してしまった」
と告白されたとしても、私が引くことは一切ないでしょう。
これこそ完全に重いこと、まぁ重いことの種類は違うのかもしれませんが、普通は引いてしまうでしょうね。
でも、私はそれでも引くことはない、むしろその子の心を助けてやりたいと思うのです。

私はその子の正直な心を分かっているからこそ、罪の種類は関係がないんです。
人は誰しも、そのおかれた環境により大なり小なり過ちを犯します。
そして私が受け止める人の悩みや罪というのは、大きい小さいは関係ないんです。
その人にとって大きな悩みであれば、他人から見てどうでもいい悩みでも、それは間違いなく大きな悩みだと思っているからです。

話を戻しますが、そういう大きな過ちを犯してしまった人は、そこで大事なことに気が付くものです、もし気が付かなかったら私が気づかせます。
それが人間としての成長につながり、そのことをもし前向きに、プラスに考えることができればそれでいいと私は考えています。
過去は変えられませんが、その心の重荷をプラスに変えて成長することさえできれば過去の解釈は変えられます。
それによって生き方を変えられるからです。

「良い子じゃなくても」「駄目な自分でも」「悪いことをしても」「味方がいなくても」
”私はずっとあなたの味方だから安心していてほしい”
”聞く耳を持ってさえいれば私はあなたの味方だから”
と、私は背中で伝えているつもりです。

そんなことがあったとしても私は強制的に警察に引き渡すことはしませんし、誰かに言うこともしません。
私は私が決めた守秘義務という縛りがありますから誰にも言うことはありません。
もちろん、相手の気持ちを聞いた上でゆっくりと対話をします。
それは、今後のことをよく話したり、どうすべきかを話したり、選択肢を与えたりはしますが、最終的にはその人の判断に委ねるはずです。

私の元には公に名前を出したら分かってしまうような人なども来たりしています。
どんな有名人であろうが、セレブであろうが、そして普通の人であろうが、私は全て、私の胸の中にしまう事しかしません。
どんな人でも人間です、心は弱いものです、自分を強く見せなきゃいけない環境や世界にいる人ほど弱さを見せられずに苦しんでいるものです。
そういった人たちへの居場所として私は「信頼」というものを一番大切にしています。

補足のお仕置き観になりましたが、このようなことを不安に思っている方もいるようなので少し詳しく書きました。
貴女の心が少しでも楽になれば私の存在も無駄ではなかったのだとわかります。
私のしていることは無償の愛といえど、闇を打ち明けてくれることや信頼を置いてくれることが私の報酬であり見返りなのかもしれませんね^^;





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