お仕置き、お尻叩き、お説教、お尻ペン、お仕置き依頼
               
お仕置きの部屋 ~お尻叩きの世界

                   お仕置き観 2


私のお仕置き観、続きとなります。

私のお仕置きはシンプルに親が子供にするお仕置きです、それを前提にしているからブレないお仕置きができるんだと思います。
そして私がいろいろな人たちをお仕置きする目的は何か。
以前にもブログに書いたことがありましたが、似たようなことをもう一度書かせてもらいます。

そもそも私の場合、お仕置きに対する目的はキーであることから卒業してもらうことなんです。
卒業とは自立のことでもあります。
私が思うキーとは、お尻を叩かれないと愛情を感じられなかったり、見放されてしまったと思ったり、満たされない気持ちになったりする人です。
お尻を叩かれたいと思い続ける人は一生カーさんを探し続けなければなりませんし、そういう思いは歪んでます。
今はそれでいいんですよ、それで満たされて心が安定するんですからね。
でも年齢を重ねれば重ねるほどお仕置きには違和感が出るでしょうし、またパートナー自体に巡り合う可能性も低くなります。
そしてパートナーがいなければ、一生苦しい思いをして生活していかなければならないんです。
だからこそいつかは卒業してお尻叩き以外で愛情を感じ、心が満たされるようになって欲しいんですね。

結婚相手がカーさんで、その人が一生お仕置きをしてくれるのならばそれでいいのかもしれませんが、それでも事故で亡くなったりしたときはそこからまた他のカーさんを探すことになります。
しかも一生お仕置きをしてくれる人なんてそう滅多にいませんから、そんなことを求め続けていたら一生満たされないで終わることになります。

だから私は、まずはお説教、お尻叩き、甘える時間等の一連のお仕置き行為で、キーさんが欲していた愛情をたくさん満たしてあげたいんです。
それと同時にしっかりと話を聞いてあげること、悩んでいることにはいろいろな選択肢を与えてあげること、そしていろんなお話をしてあげることで相手に愛情を注ぎ、お尻叩きだけが愛情表現ではないことを相手の心に訴えることをしていきます。
そうしてあげることでお仕置き行為でしか愛情を認識できなかった心を徐々に変えていけるのではないかと感じるんです。
叱らなくたってお尻を叩かなくたって見捨てないし愛されるということは間違いのない事実なので、まずはそこの部分の認識をしてもらいたいんですね。

愛情表現の受け取り方さえ変えることができれば何かが変わるのではないかと思います、だからこそ心の対話を私はとても大事にしているんです。
実際キーさんを卒業したからといって私とは無縁になるわけではありません。
いつまでも私のところにはその子たちの居場所は確保しておきます。
お仕置きがなくてもお仕置き理由がなくても私のところに来たっていいんです。
私は最近そのように思うようになりました。





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