お仕置き、お尻叩き、お説教、お尻ペン、お仕置き依頼
               
お仕置きの部屋 ~お尻叩きの世界

              キーとカーとお仕置きと私


私はスパ系のサイトやブログというもの全くといっていいほど見ません。
何故かというとそこからは何かを得ることも勉強になることもあまりないんじゃないかなって思うからなんです。
そこで何かを学ぶなら全く別の視点で関連したことを学ぶ時間に使った方が有意義だからです。

こんなことを書くと私は頭が固い頑固者で何も受け入れないように思われるかもしれませんがそうではありません。
そもそも私がしてあげたいことは精神的な癒しや心の安定なので、何かを探すとしてもスパ関係のサイトやブログよりも心理学的な読み物を優先してしまうんです。
何よりも実際の対話やメールのやり取りでいろいろな人達と関わって、そこで日々自分のスキルを上げるように吸収しています。
なので、スパ系のサイトやブログでの他人の話やお仕置きの仕方などは全く意味のないことなんです。

それに私はリアルに親が子供にするお仕置きを実践しているので他から得るものはなく、単にお説教をしてお仕置きをしてアフターフォローをするだけなので、その方向性は変えようがなく、そこはもうできあがったものなんです。
私が成長しなければならないことはお仕置きの仕方ではなく、人の心をもっと知り、その人達が楽に生きられるようにしてあげられるスキルを身につけることなんです。
だからサイトやブログを見ること自体、私には必要なく興味もないことなんですね。
まぁそうはいっても関わった人のブログはその人を理解するためにも読んだりしますけどね。

こんな私ですが、つい最近、キーさんについてちょっと検索して調べてみたんです。
そうすると結構ブログを書いている人が多くて、それも1年以内に書き始めた人が多かったです。
まぁパートナーと別れては新規につくり、別れたら閉鎖してってことが多いのでそれは当てにならないかもしれませんが、間違いなく昔よりもかなり増えていることは間違いないです。
ブログの内容はそれぞれサラっとしか見てませんが、私はその内容よりもプロフィール的なことに興味があってそっちを見てしまうんです。
だけど残念なことにそのプロフィールを省く人が多くていまいち楽しめませんでした。
ブログの内容は作り上げられたものが入り込んでいますが、プロフィールはその人の生きてきた人柄みたいなものが少なからず感じられるからそこに興味が出てしまうんです。

で、昔から感じていましたが、キーさんって妄想の塊な人が多いですよね(笑)
昔はそういうのに違和感を感じてちょっと避けていた部分がありました。
でも、最近私自身がブログを始めて、お仕置き関係の記事を書いたりしていると自分でも気が付かなかった何かを感じ始めたんですね、
それでキーさんとも会話する機会も増えて、更に感じてきたわけですよ。
純粋なキーさんは可愛いって。

何でそういう目で見れるようになったかというと、私は過去支配関係にこだわっていた時があって、それがあってこそ自分が楽しめるという感じがありました。
だからそういう支配関係的な目でキーを見ていた部分があったんです。
支配関係って結構重くて、非日常なことなので今度は日常というものがなかなか出せないんですね。
そこは割り切ってお仕置きの時だけ非日常を演出する関係もあるのですが、それは私には出来なくて会った日はずっと非日常なんですね。
まあ、それはそれでいいのですが、こっちも気分がのらない時とかあるわけで、それが続くと面倒くさくなったりしてしまうんですね、特に仕事やプライベートで忙しいときなんかは。
結局放置してしまって、強い子は耐えられるのですが、心が不安定な子は離れていきます。

でも支配関係のない場合はそれは非日常ではなくて、日常なんじゃないかなって思うようになったんですね。
以前記事に書いたように私は日常でも友達にお尻叩きをしているからなんです(笑)
それってもう既に非日常の楽しみではなくて、日常の楽しみなんですよね。
そういう場面に出くわしたときにしか出来ませんが、仲のいい友達のお尻を叩く、もしくは叩くふり、だけの行為が凄く楽しいんですよ。
そんなこと今まで考えたこともなかった日常の行為だったんですけどね。
つまり、支配関係にこだわりを持つ必要はなく、普段仲良くしている子がいけないことをしたらお尻をペンペンする、それだけなんです。

これまでは非日常の中でほんの少し日常が混じっていた事を、今度は日常の中でほんの少し非日常が混じるという感じですかね。
支配関係だけに捉われていたのですが、キーさんとの関係性は支配関係とは違い、こちら側もキーさんに依存できる関係性なのかなと感じています。

子供のように、イヤイヤして、我侭を言って、お尻を丸出しにされて、お尻を叩かれ、ごめんなさいをいい、反省をする。
キーさんとは、対話やお仕置きによって話を聞き入れることのできる、そして躾けがいのある可愛い子だなと感じるようになったのは事実です。
叱りつけるという事はその子のことをよく分かっていないとできないことです、そういう意味では信頼関係のある深い間柄なんですよね。

あと、私は一生懸命な人が好きで、葛藤している人とかも好きで、そして何よりも私を必要としてくれる人が必要なんですね。
仮に、私が凄く好きになった人がいたとしてもその人が私を必要でないと思ったのならばその瞬間私の気持ちは冷めしまうくらいなんです。

これ何なんでしょうね?
心の闇だと思うのですが、必要としてくれる人にしか魅力を感じないんですよね。
例えば付き合っていて大恋愛をしていたとしても、彼女が好きな人が出来て別れたいといった場合、私は彼女がそれで幸せになるのならばそんなに悲しくなりません。
感情が人と違っておかしいのか自己防衛しているのか分かりませんが、そのくらい必要としてくれる人に執着があるのかもしれません。
私が必要でなくなったとしても私はその人が幸せになるならば嬉しい気持ちになるんです。
第一にその人の幸せを望んでしまうからなんですけどね。
でも私自身、必要とする人間がこの先現れるのかどうか、これは心の問題かもしれませんね。

これまでは非日常の中でほんの少し日常が混じっていた事を、今度は日常の中でほんの少し非日常が混じるという感じですかね。
支配関係だけに捉われていたのですが、キーさんとの関係性は支配関係とは違い、こちら側もキーさんに依存できる関係性なのかなと感じています。

子供のように、イヤイヤして、我侭を言って、お尻を丸出しにされて、お尻を叩かれ、ごめんなさいをいい、反省をする。
キーさんとは、対話やお仕置きによって話を聞き入れることのできる、そして躾けがいのある可愛い子だなと感じるようになったのは事実です。
叱りつけるという事はその子のことをよく分かっていないとできないことです、そういう意味では信頼関係のある深い間柄なんですよね。

あと、私は一生懸命な人が好きで、葛藤している人とかも好きで、そして何よりも私を必要としてくれる人が必要なんですね。
仮に、私が凄く好きになった人がいたとしてもその人が私を必要でないと思ったのならばその瞬間私の気持ちは冷めしまうくらいなんです。

これ何なんでしょうね?
心の闇だと思うのですが、必要としてくれる人にしか魅力を感じないんですよね。
例えば付き合っていて大恋愛をしていたとしても、彼女が好きな人が出来て別れたいといった場合、私は彼女がそれで幸せになるのならばそんなに悲しくなりません。
感情が人と違っておかしいのか自己防衛しているのか分かりませんが、そのくらい必要としてくれる人に執着があるのかもしれません。
私が必要でなくなったとしても私はその人が幸せになるならば嬉しい気持ちになるんです。
第一にその人の幸せを望んでしまうからなんですけどね。
でも私自身、必要とする人間がこの先現れるのかどうか、これは心の問題かもしれませんね。



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