お仕置き、お尻叩き、お説教、お尻ペン、お仕置き依頼
               
お仕置きの部屋 ~お尻叩きの世界

                   カー失格!?


本当のカーってなんなんでしょうね。

私のお仕置き観は親から子供への躾です。
それを基本に全てが自然な形で展開していくわけなのですが、
一つだけ引っかかることがあるんですよね。

親は子供に善悪の判断をさせ、いい子になってもらいたいからお仕置きをするんです。
悪い子だからお尻を叩くのであって、決して叩きたいわけではありません。
いい子でいることを望み、いい子でいればお尻ペンをしなくてすむんですよね。
でも相手が本当にいい子になってしまったらお仕置きの関係はどうなっちゃうのでしょうか?

私はリアルで悪いことをしない限りお仕置きはしません。
だからいい子でいるとお仕置きが出来ないんですよね。
いい子でいるように躾をしているのに、実は悪いことをすることを望んでいるのかもしれない自分。
更に重症なのは軽めの悪いことではなく、重めの悪いことを望んでしまっているのかもしれないということ。
そうすることによってきつめのお仕置きが出来るからです。
でもこれって矛盾ですよね。

今いい子でいれるのはお仕置きのおかげだからといって、「今後もいい子でいられるように戒めのお仕置きをします」的なお尻ペンをするのは簡単ですが、これはお仕置きの世界だから許される行為なのかもしれませんが、実際の子供からしたら理不尽ですよね。
まあ、そこは子供ではなく、大人だから受け入れるのでしょうが、普通に考えちゃうとおかしいですし私はする気にはなりません。

私は相手をお尻ペンし、痛がって嫌がりバタバタする様子を見たい、しまいには屈服してごめんなさいをいわせたい。
という気持ちも少しあるんです。
しかし、これってもうサディスト的な発想のなにものでもありませんよね。
でもその素の反応が可愛くて可愛くてしょうがないことも事実なんです(汗)
どういう感覚なんでしょうかね、相手が大好きだとそういうこともしてしまいたくなるんですよね。

そしてそのために悪さを望むなんて躾としても人間としてもはあってはいけないことです。
それこそ私のほうがペンですよね(笑)
これが私がこだわっているお仕置きの自然の流れに逆らう唯一の障害です。
障害といってもそんなそぶりは相手には一切見せていないので私の心の問題なだけですけど。
そういう心の内面は相手に見せないでおけばいいのですからね。
いい子でいることはいいことなのですが、心の中ではいい子でいるとつまらないなーって思っちゃうこともあるのかもしれません。
相手を見つめ、その子を成長させていかなければならないのにこれじゃ失格じゃないかってたまに思うことがあります。

お仕置きをされたいから悪さをするのって結構ありますよね、でもそれとは全く意味合いが違うんですよね。
構ってほしいから悪戯をするっていうのは自然流れです、これは子供でもすることで怒られてもいいから構ってほしいという気持ちからくるものです。
親はそんなことも知らず、悪戯に対して真剣にお尻ペンをしますよね。

お仕置きの理由なんて探そうと思えば探せるわけですが本物のカーさんはそもそもお尻叩きを望んでいないのかな?
親は子供に対してお尻叩きを望んでいないことを考えるとそういう結論になりますよね。
と考えるとお仕置きをする者として失格なのかな?って思ってしまうこのごろです。




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